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【脱体育座り】ブラック校則はなぜなくならない、あの人もツーブロックだぞ!

「脱体育座り」というyahoo!ニュースの記事が目に留まった。

タッド先生

確かに私自身も体育座りが好きではなかった。

元公立中学校教員という視点から「脱体育座り」を含めて、なぜブラック校則はなくならないのかを考えたい。

目次

日本の学校教育の原点は軍隊

ある生徒指導が得意な中堅教員から、「体育座りは、お腹を抱え込むことで大声を出せないようにしている」と聞いたことがある。

丸刈り、行進、原級留置など、今でも学校現場で軍隊の名残をみることができる。

中学生の丸刈り強制は、私の親世代では当たり前だった。

野球部は今でも丸刈り。

丸刈りにすると、帽子が引っかかって脱げにくいかららしい。

しかし最近では、髪を伸ばす高校球児も出てきたみたいだ。

私の中学生時代は制帽があった。

これも校則次第で、今はなくなっている。

体育座りは校則で定められていないが、校則次第では理不尽なブラック校則と呼ばれるものもある。

これも日本の学校教育の原点に軍隊の名残があり、現状に合わせて変えていくべきものが数多くある。

「あぐら」はいけないという暗黙の了解

私自身も体育座りは嫌いだった。

今でも鮮明に覚えている真冬の体育館の冷たい床。

なにも分からないまま体育館に集められ、長時間にわたり映像を観たり、話を聞いたりする。

体が冷えて腹痛を起こしたり、不自然な恰好で体が痛くなったりもした。

体育座りは、教員都合で生徒目線ではない

マインドフルネス瞑想をするようになって気づいたことがある。

マインドフルネス瞑想をする時は、姿勢がとても大切である。

あぐらで座るが、背骨をまっすぐに伸ばして胸を張る。

体育座りは逆である。

猫背で内臓を圧迫し、お尻も痛くなる。

あぐらは一見、偉そうな態度に見えるが、体育座りよりも体には良い

私が学年全員を集めて話す時、映像を見せる間は足を崩させたりと工夫した。

ただ全校集会や学年集会など、私が立ち会う場合が難しい。

前で話している教員や学年の教員の感覚がそれぞれ違うからだ

生徒の姿勢が悪くて、前で話している教員に自分のクラスの生徒が注意されようものなら、自分の責任になる。

また他のクラスの生徒を注意すると、余計なことをするなという担任もいる。

私だって注意したくないし、冷たい床に長時間体育座りする生徒の苦痛はよくわかる。

校則ではないが、学校現場では、あぐらのような座り方は良くないという暗黙の了解がある。

ブラック校則は教員自身を苦しめる

校則を破っている生徒を見逃すか、見て見ぬふりをするのは楽である。

しかし、「あんな生徒を放っておくのか」「指導力がない」と言ってくる威圧的な教員もいる。

特に男性の体育教員に多い。

学校によって違う校則やモラル

校則では定められていないが、モラルというか、このような方が望ましい態度だという暗黙の了解が学校現場にはある。

例えば、「ため口」のような言葉遣いだ。

もちろん先生と生徒の立場なので、生徒が敬語を使うのが望ましい。

しかし、指導困難校と呼ばれる荒れた学校では、求められるモラルが違う

困難校の生徒は、厳しい生徒指導の先生や校長にまでため口で話す。

同じ公立中学校でも、困難校では校則まで違うことがある。

通常、通学の靴は白色のスニーカーで、ワンポイントさえ許されない学校が多い。

ところが困難校では、生徒はカラフルなスニーカーを履いて来る。

通学の靴が校則で白色のスニーカーと定められていないからだ。

また彼ら彼女らは、体育館など土足厳禁の場所に、平気で土足で入ってくる。

ある困難校で同僚が生徒とトラブルを起こし、一度帰宅した生徒が校門に包丁を持って復讐に来た時は、さすがに肝を冷やした。

つまり、同じ公立中学校といっても学校によって校則も求められるモラルも違う

生徒に求める資質も当然違うので、転勤した時は一苦労する。

理不尽なブラック校則の例

「ブラック校則」と呼ばれる理不尽な校則がある。

ツーブロックやベストの着方、腕まくり禁止など、ブラック校則あるあるだ。

なぜツーブロックがいけないのかという疑問に、某都道府県の教育長がまじめに答えていた。

ツーブロックは高校生らしくない。

またそのような髪型をしていると事件に巻き込まれやすい。

タッド先生

どんなイメージやねん。

今上陛下の髪型がツーブロックだと某掲示板で見た時、つい吹き出してしまった。

ベストの着方は、厳寒期にブレザーの下に着るとされている。

また暑ければ、ベストを脱いでブレザーを着なければいけない。

つまり、ブレザーを脱いで、ベストだけの状態でいてはいけないということだ。

これは現役の教員時代から理解不能だった。

あと、長袖の腕まくりも禁止。

授業をしていて、私自身が腕まくりをするので、生徒が腕まくりしていても大目に見たていた。

理解不足と同調圧力

ではなぜブラック校則と呼ばれる理不尽な校則が、生徒だけでなく教員を苦しめるのかを、2つのパターンから考えてみたい。

理解不足からの押し付け

1つ目は、教員自身が校則をよく理解していないのに、校則だからと生徒に押しつける例。

ツーブロックがいけないのではなく、奇抜な髪型がいけない。

ではツーブロックは奇抜な髪型なのだろうか。

ツーブロックかどうかの線引きが難しいのだ。

ある生徒の髪型が私には、角刈りのように見えた。

ところがある教員には、段差があるのでツーブロックだということになり、生徒を指導して散髪に行かせた。

段差がどの程度になればツーブロックになるかという基準が教員によって異なる。

そもそもツーブロックは事件に巻き込まれやすく、校則で禁止すべきものなのだろうか。

今上陛下の髪型はツーブロックであらせられるぞ。

同僚からの同調圧力

2つ目は、「指導力がない」と言われないようにするためだ。

日本、特に学校現場では同調圧力が強い。

注意、指導したくないけど、指導力不足と言われたくないので注意、指導する。

生徒も教員も嫌、誰も得しない。

まるで目に見えない敵と戦っているようである。

コロナ禍での「常識」の見直し

コロナ禍で卒業式などの行事が簡素化されて、喜んでいる教員の声を多く聞く。

祝辞、PTAあいさつだけでなく、週明けの全校集会で毎回、校長の話、校歌斉唱、校旗掲揚まで私の時代はあった。

ブックオフで、朝礼の講話集を見かけることがある。

ネタまで探して長い話をしなくていい。

伝えたいことがなければ講話も無理にしなくていい。

歯が浮くような話ばかりで、記憶に残っている校長の話はひとつもない。

「自分が校長をしている間は変えたくない」

そうやって3年ごとに校長が変わっていく。

だから結局、なにも変わらない。

義父が元校長なので、あまり厳しいことは言えない。

タッド先生

せっかく講話をするなら、とてつもない失敗談か、すべらない話にして欲しい。

体育座りを見直す前に、集会での長話も見直さなくてはいけないと、yahoo!ニュースの記事のコメントにあった。

まさにその通りである。

炎天下の集会終わりに、「やっと終わった」という顔をして、校舎に戻る生徒を数多く見てきた。

校長、教員、生徒、誰も得しない。

常識、当たり前を見直す時が来ているのではないか。

丸刈り、校歌斉唱、制帽、詰襟の学ランがなくなった。

髪を伸ばしても、校歌を歌わなくても、ブレザーでも問題はない。

コロナ禍でテレワークが実施され、歓送迎会や飲み会もない。

飲み会が減り、ストレス発散の機会が減ったと同時に、わずらわしい付き合いも減ったのではないか。

卒業式も祝辞もなく、簡素にしても卒業の資格は変わらない。

みんなで旅立ちの歌を歌い、在校生に見送られ、ありがたい講話を聞いてこそ卒業式だと思う人もいるかもしれない。

ただ、それらが無くても逆に得られるものがあるのではないか。

寒さやトイレに行きたい気持ちを我慢すること、当日までの練習など。

生徒のためであり教員のためでもある。

当たり前のことができなくなった今、改めて学校の常識について考える時間が与えられているのではないだろうか。

追記 ブラック校則がなくなるとすれば

女子生徒が制服でスカートではなく、スラックスを選択できる高校が公立高校の4割ほどまで増えているという。

もちろん、それは良いことではあるが、新しい選択肢を増やすだけでなく、従来からあるブラック校則を見直すことも同様に大切だ。

体育座りじゃなくてあぐらはダメなの!?

角刈りとツーブロックの線引きって何が基準!?

てかツーブロックって本当に高校生らしくないの?

じゃあ先生の白髪染めは?ヒゲはいいの!?

現在でも多くの生徒が口には出さないが疑問に思っている。

そして、口に出された時の対応が、生徒指導力であり、教育委員会のいうコミュニケーション能力である。

まあ、簡単にいうと「面倒くさい」「変わりたくない」という学校側の姿勢がある。

逆にいうと、文科省か教育委員会が、「明日からツーブロックは校則違反ではありません」といえば、校長以下現場は、すぐに変わるだろう。

スラックスの採用のように、ジェンダーレスなどの大きな世界の潮流にお役人は弱い。

ボトムアップ型の草の根運動より、グローバルにブラック校則は人権侵害だとかおかしいと批判された方が、変化は早いだろう。

教育に希望を持たないといけないが、現在の教育現場に私は多くを期待しない。

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この記事を書いた人

名前:タッド先生

関西在住のアラフォー男。

同志社大学卒業。

元公立中学校教師。

既婚、1児の父。

うつ病で退職を余儀なくされ、より良い生き方を模索しています。

約9年間の公立中学校勤務の経験から、子育ての悩み、成績の上げ方の工夫など教育全般について発信しています。

ご意見やご要望などあれば、コメントかメールでお気軽にお知らせください。

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