教師はおかしな人が多い!?
実際、私自身が生徒に「先生、変な人」と言われた経験があります。
言った生徒は、私と人間関係があり、授業を楽しんで受けてくれた一人でした。
教師とはパフォーマーともいわれます。
教室に入ると一変し、違う人格で授業を演じてしまうからです。
「おかしい」は、「変=strange(ストレンジ)」ではなく、「unique(ユニーク)」だと、私は思っています。
ただ本当にstrange(ストレンジ)な教師もいるのも事実です。
この記事では、strange(ストレンジ)な教師を、ナルシシズムの面から考察します。
ナルシシズム!?
難しい心理学用語は置いておいて、簡単にいえば幼児です。
自己中心的であり、限りなく賞賛や優越性を求めます。
幼児としては当たり前です。
「ママー、見て見て!すごいでしょ!」
しかし、思い通りにいかないとすねる。
幼児ならかわいいですが、教壇に立つ大人がすると面倒くさいですよね。
私自身、約9年間の教師生活のなかで、たくさんの教師に出会いました。
面倒くさい教師もいましたし、人格を疑いたくなるような教師もいました。
教師にはおかしな人が多いのでしょうか!?
教師は社会を知らないのかを、約9年間の教師生活を踏まえて考察します。
そして、おかしいstrange(ストレンジ)な教師の見分け方も紹介ます。
教師は本当に社会を知らない!?
まず「教師は社会を知らない」といわれますが、そもそも「社会を知らない」とはどういうことでしょう?
ネットで調べてみると、「世間知らず」とも呼ばれ、7つの特徴がありました。
世間知らずとは、経験が浅く情勢を知らない人を意味する言葉です。
情勢とは、世の中で起こっていることを指します。
- 自己中心的である
- 人をすぐに信じてしまう
- 一般常識を理解していない
- 目上の人に対して敬語が使えない
- トレンドや時事ニュースに興味がない
- 責任感に乏しい
- 挨拶ができない
教師に限らず、社会に出たばかりの頃は誰もが経験が少なく、世の中のことを深く知りません。
しかし、7つの特徴は、さまざまな経験とともに成長していくと考えられます。
ではなぜ、特に教師がおかしな人が多く、社会を知らないといわれるのでしょうか。
そこにはナルシストな教師が生き残れる日本の教育現場に特徴があったのです。
おかしな教師は幼児
イギリスの精神科医ボウルビィが提唱した「愛着理論」があります。
幼児期に親と愛着関係が形成されなかった場合、幼児的願望が満たされないというものです。
「ママー、見て見て、すごいでしょ!」
幼児なら許されますが、教壇に立つ教師が言えば大問題です。
ママとは言いませんが、文化祭の劇や部活動などさまざまな場面を通して現れます。
ある意味、教師という職業は人気商売です。
授業力やトーク力、人望などがモロに出ます。
担任を持たないクラスの生徒からの人気が高いと、担任から嫉妬を感じることもあります。
素直に「すごい人気ですね」と言ってくれる教師もいれば、心の奥底でものすごく嫉妬している教師もいます。
つまり、素直でない。
嫉妬だけならまだしも、排除しようとしてくる教師もいるのも事実です。
「あの子は私のお気に入りの友人なの。
なぜあなたと仲がいいの!?
みんなで仲間はずれにしちゃうからね」
自分が話題の中心にならないから、すねる幼児のようなものなのなのです。
怒って教師が職員室に帰る
教師が怒って職員室に帰るという事例があります。
小学校の場合に多くみられる事例ですが、中学校でも部活動の顧問が同様のことをすることがあります。
学級代表なり、部活動のキャプテンが全体に反省を促し、教師を職員室へ呼びに行きます。
ところが一筋縄ではいきません。
生徒は職員室の扉越しに教師に訴えかけるが、火に油を注いだように、さらに教師は激昂して生徒を追い返します。
教師としては、これくらいでつぶされた面目は戻らないということでしょう。
そもそもつぶれるほどの面目があるのでしょうか。
あとは教師と生徒の根競べです。
追い返されても、また謝罪に来ることが、教師自身への忠誠だと互いに思い込む。
職員室で何度も見かけた光景だが、はっきり言って反吐が出ます。
我が子がいうことを聞かないので、実家に帰る親がいるでしょうか。
場所は違えど、していることは一緒!
どちらが子どもで、どちらが大人なのか分かりません。
家庭で起きると、「親子役割逆転」と心理学ではいいます。
教師ではなく、ひげの生えた5歳児なのです。
「思うようにいかない」、でも「必ず思うようにいくものだ」と思い込んでいるのです。
だから思うようにいかないと、すねる。
逆に、こういう教師は絶対に自らの非を認めません。
そこが自己中心的であり、ナルシストたるゆえんなのです。
実際に出会ったナルシスト教師
ある学年団に所属していた時の話です。
学年内の数人で、お昼ご飯を食べに行きました。
「学年」というくくりではなく、あくまで近くにいた数人で行きました。
ところが、帰ると同じ学年の女性教師の態度がおかしい。
どうやら同じ学年なのに誘われなかったと憤っているらしいのです。
一緒に行った学年主任も困っていました。
30代だった若手の私が、「改めて学年で食事に行きましょう」と声かけをすることになりました。
下手に出て、お誘いすると機嫌を取り戻されましたが、暴言を吐かれました。
女性教師というのは、教務主任などを歴任された定年間近のおばさんです。
見た目は定年が近いおばさんですが、中身はへそを曲げた少女だったのです。
教師におかしな人が多い3つの理由
すべての教師がナルシストではないですが、ナルシストが教師に多い理由を説明します。
子ども相手
「でもしか先生」という言葉があります。
1950~1970年代にかけて、子どもの数が急増して教師不足になりました。
そんな中、特に技能はないが、「先生でもしようか」、「先生しかできない」人が教壇に立ったのです。
体罰は黙認、待遇も良いことから、自らの子どもに教師になれと勧めることも多くありました。
「赤子の手をひねるようなものだ」というように、相手は子どもであり、体格も知識も上です。
大人相手では無理でも、子ども相手ならまかり通ってしまうのです。
世襲教師
自らの退職と同時に、子どもを教員採用試験に合格させる事例が増えました。
2008年に大分県で明るみに出た教員採用試験の不正事件。
賄賂を渡して、合格させたという。
父親は元県教委参事で、母親は元小学校校長でした。
2008年で両親は52歳なので、22歳で教師になったのは1978年という計算になります。
まさに教師不足のなかで採用されたのでしょう。
ところが子どもが採用試験を受けた2008年は就職氷河期もあり、公務員人気は上がり倍率も上がった時期です。
こんな事件は氷山の一角ですが、両親が教師だった子どもは、愛情不足であることが多いと推察されます。
どちらかが教師だっただけでも大変なのに、両親そろって教師だと我が子と物理的に接する時間が少なくなることが一番の問題なのです。
さらに親のコネだとも知らずに力量不足で合格してしまうと、どうしても傲慢になりがちです。
父親が校長だ、教頭だ、教師だという世襲教師を山ほど見てきました。
これほど世襲される職業は、もはや議員が教師くらいではないでしょうか。
免職されにくい
教師は地方公務員なので、一般企業と違って、簡単に免職されません。
治外法権ともいえます。
「最近ではいじめは犯罪だ」といわれるようになってきました。
対教師暴力、いじめ、体罰など、普通であれば犯罪行為だと思えることが、指導や愛という名でまかり通っています。
学校は日本であって日本でない場所といえるでしょう。
事実が隠蔽される場合すらあります。
学校は村社会だといわれるゆえんであり、村社会はあくまで村社会なのです。
ずっとこうやってきた。
生徒のため。
グローバル化するなかで、独自の進化を続ける学校現場。
ガラパゴスに住んでいる人は、進化した外の変化に気づきにくいです。
これが世間知らずであり、自らがナルシストであった場合、気づきにくい原因なのです。
おかしな教師の見分け方
教師はおかしな人が多いというが、教師はパフォーマーだといいました。
変=strange(ストレンジ)ではなく、unique(ユニーク)であればいいですが、前者はナルシストであることが多いです。
面倒くさい
ひと言でいうと「面倒くさいやつ」。
簡単にいうと、素直でないから面倒くさい。
言うことと、やることに矛盾があるから、どこかおかしい。
「大きな声であいさつしろ!」と校門で指導している教員が、職員室で同僚にあいさつをしない。
謝らない
生徒に指導し、反省を促すが、自らの非は認められない。
言っても、論点をすり替えたり、はぐらかしたりする。
簡単にいえば幼児!
見て欲しい、かまってほしい、すごいと言われたい。
でも他のクラス、学年、生徒はどうでもいい。
自分のクラス、いや自分自身さえよければいい。
だから思い通りにいかないと怒り、すねるのです。
「あなたのためを思って~」と指導という形をとるが、どこか自己中心的なのです。
まとめ
教師はパフォーマーです。
授業となれば一変して、熱い授業をします。
だからおかしくもあり、変なのです。
でも「変」には、strange(ストレンジ)とunique(ユニーク)があります。
世間でいうおかしな教師は、unique(ユニーク)ではなく、strange(ストレンジ)な方です。
もっというと、ナルシストであり、幼児だともいえます。
そして現在の日本の教育現場が、ナルシストがナルシストで存在できる特殊な場なのです。
良くいえば「学級王国」、悪くいえば「やりたい放題」。
先生を怒らせた俺たちが悪いんだ、謝りに行こう。
あれから10年、よくよく考えてみると、なぜ生徒たちが先生を呼びに行かなくてはならないのでしょう。
職務怠慢じゃないかと、社会人になって思うことがあるかもしれません。
しかし、怒って職員室に帰った本人は、教員免許を持ち、教員採用試験に合格した人です。
先生と呼ばれ、聖職者とはいわずとも、模範でなければいけない存在なのです。
教師と思うから、勘違いするのです。
ジャージを着た大きな5歳児でなのです。
ちやほやされたいし、注目されなければすねる。
すべての教師がナルシストや幼児ではありません。
実際に素晴らしい教師にもたくさん出会いました。
見た目は立派な教師に見えるので、見分けるのは難しいです。
ある小学校一年生の担任。
博識で字もとてもきれい。
授業参観で母親が我が子の絵を探したが見つからない。
同じクラスの子の絵が、複数枚展示されていることに母親は気づいた。
母親は参観終了後に、担任にその旨を伝えた。
すると、担任はロッカーに保管された絵を取り出した。
「お母さん、これを貼ればよかったのですか」
それを聞いた母親は泣き崩れた。
ロッカーから出された絵は、母親が楽しみにしていた我が子の描いたものだった。
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