一体、俺は何のために生きてきたのだろう。
そして、よくここまで生きてこれた。
40歳で、うつ病が再発した時、思ったことです。
サブタイトルが「やんちゃな生徒に慕われたまじめ過ぎる先生」です。
「やんちゃ」と「まじめ」って正反対じゃないの?
「まじめ過ぎる」というところがポイントです!
正確にいうと、「やんちゃ」と「まじめ過ぎる」というのは、根元が同じです。
簡単にいうと、いろいろ我慢したことが、反社会的に出たのか、非社会的に向いたかの違いです。
詳しくは後述します。
心のなかの不安や葛藤は同じです。
だから、やんちゃな生徒の心と共鳴できたのだと思います。
そして、世間をにぎわすある疑問を解決する糸口を見つけました。
「なぜあれほどの良い子がこんな凶悪事件を起こしたのか」
毎日のように発刊される子育てに関する書籍が、子育ての難しさを物語っています。
良い子であり、良い大学を出て教員になりました。
ところが、結果的に2度もうつ病を発症し、退職に追い込まれたのはどうしてか。
自らの生育歴などを考えに考えた結果、幼児教育の重要性を再認識しました。
Tadblogでは、クラス替えや内申書の秘密など公立中学校の現状から、成績の上げ方やブラック校則など学校教育全般について発信しています。
具体的な成績の上げ方を知って、希望の高校へ進学したい!
さまざまな理由で学校に行きたくないけど、どうすればいいの?
クラス替えの要望は伝えていいの?
どうすれば家庭で学習習慣が身に付くの?
聞きたい内容があれば、コメントかメールをいただければ、可能な範囲で記事として発信しようと思います。
40歳でうつ病が再発し、退職
タッド先生ってどんな人?
うつ病を再発当時、公立中学校教員として、授業や部活動で土日祝もずっと生徒と一緒。
結婚して小さな子どもがいましたが、余裕を持って接することはできませんでした。
我が子と他人の子はどちらが大切なんだ?
生徒を育てるのが仕事の教員にとって、どちらも大切。
ところが現状は、平日だけでなく休日も部活動や教材研究などで、自らが休む暇もありませんでした。
最近の学校現場はブラックといわれ、毎年5000人近い教員が精神疾患で休職や退職しています。
しかし、すべての教員が休職や退職をしているわけではありません。
休職を機に好きだった読書の時間を増やしました。
「生きづらさ」を感じていたので、藁をもすがる思いで、心理学の本を中心に読み漁りました。
そこで気づきました!
確かに、ブラックな環境の学校現場は大きなストレスでした。
しかし、半分は自分自身に問題があるということに。
そういえば人間関係で、いろいろとトラブルがありました。
良くいえば頑張り過ぎる、悪くいえばやり過ぎてしまう自分がいました。
「新幹線のなかで走っているようなもの」
何もしなくても定刻に目的地に到着するのであれば、普通は座っています。
それは分かっているのですが、走ることをやめられないのです。
しないと思っているのに、しないではいられない状態を、心理学では「強迫性」といいます。
強迫性の裏には強い不安が隠されているのです。
学校のブラックな環境は変えることができない。
でも自分自身は変えることができるぞ!
では、うつ病の原因になった人一倍強い不安は、どのように作られたのでしょうか。
やんちゃな生徒に慕われた教員時代
教員時代は、どちらかといえば生徒に厳しい先生でした。
厳しい反面、社会科が苦手な生徒に、どのようにすれば興味を持ってくれるかと、教材研究に励みました。
そのおかげか受け持った生徒から、学年末のアンケートで、より肯定的な意見をもらえました。
「先生で良かった!」
「社会が楽しくなった!」
「成績が上がった!」
「志望校に合格した!」
不器用なところはありましたが、見えない努力もきちんと伝わるものだと思えました。
結果的にうつ病になり退職しましたが、同時に乗り越える能力を神様は与えてくれたのです。
それが「人の痛みが分かり、共感する能力」でした。
人一倍不安が強いという短所は、反面、人の痛みがわかるという長所でもあったのです。
問題行動を起こす生徒と仲良くなるのが、他の教員よりうまかったです。
実際、やんちゃな生徒と距離を縮めることがうまいと、他の教員から褒められたこともありました。
問題行動を起こす生徒の気持ちが、痛いほど分かったからです。
暴言を吐きながらも、「助けて!」という生徒からのメッセージを受け取れました。
私自身、小さな頃から我慢に我慢を重ね、「嫌だ、辞めたい」という気持ちを抑圧し続けていたからこそ、暴言などの裏側に隠されたSOSに気づくことができたのです。
幸い、非行など悪い方向には出ませんでしたが、結果的にうつ病として現れました。
不器用でどこか繊細な部分が、やんちゃな生徒の心と共鳴し合ったのだと思います。
敷かれたレールを走り続けた学生時代
生育歴をふり返ってみました。
スイミングや習字、そろばんと幼稚園の頃から習い事をしていました。
体験入塾といわれ、小学校5年生から塾へ通うようになり、いつの間にか中学受験をすることになっていたのです。
日曜には7時間も授業があり、疲れで「ものもらい」ができ、眼帯をしたまま塾へ行ったこともしょっちゅうでした。
結果、第一志望の中学校に落ち、地元の公立中学校へ進学することになりました。
その後も、より学力が高い学校へ進学することが使命だと感じて、勉強を続けました。
学力 >>>>(超えられない壁) > 健康や自分のやりたいこと
頭のなかはこんな感じで、心理学的にいうと、祖父の考えを内面化していたのです。
「学歴が大切だ!」という祖父の考えを、いつの間にか自分の考えだと思うようになっていたのです。
進学校の高校に進学して、一浪の末、同志社大学に合格しました。
意外と順調なのでは!?
しかし、しくじり先生への道を歩み始めていたのです。
では次のページ!
自分がやりたいこと、好きなものが分からなくなった
学歴は手にしました。
その結果、自分のやりたいこと、好きなものが分からなくなったのです。
自分の好きなことが分からない人なんているの!?
私自身、本当に心から学歴が欲しいと望んでいたのでしょうか!?
学歴は、内面化した祖父の願望であって、私が望んだことではありませんでした。
だからやりたいこと、好きなものが分からないのです。
スポーツが好きなのか、音楽が好きなのか。
五感が鈍くなっているので、道を歩いていても、きれいな花が咲いていると気づくこともありませんでした。
あなたは天気の良い日、抜けるような青空を眺めながら、「あー気持ちがいい」とコーヒーを飲む時間を楽しめるでしょうか?
私のような「自分がない人間」には、楽しむことができません。
「生産的な価値がない時間は無駄だ」と思えるからです。
本来であれば、五感で四季を感じ、何も付加価値を生み出さない時間も有意義だと思えることが大切です。
だから、うつ病になって休職せざるを得ない状況になっても、罪悪感を感じて体は休んでいても心が休まりませんでした。
まずは五感の回復であり、目的地に着くまでは新幹線の席に座っていられる状態を目指しています。
学歴は否定しませんが、「学歴さえあればなんとかなる」という考えが崩壊した瞬間でした。
幼児教育の大切さを再認識
自らの経験もあり、改めて幼児教育の大切さに気づかされました。
幼児教育といっても、「子どもが主役であり、親がサポートする」という、ごく当たり前のことです。
子どもが純粋な心で世界と触れ、さまざまな疑問を持ち、自ら考え、選択していく。
親は子どもの失敗を含めて見守ることが重要です!
大人からすると一見くだらないように思える子どもからの質問にどう答えるか。
子どもが失敗した時、どのような対応をするかが大きな分かれ目になります。
自分は学歴がなかったので、子どもには学歴をつけさせたい。
早くからやっておけば、他の子どもと差をつけることができる。
子どもを養育することは親の義務です。
学歴や習い事を否定しているのではありません。
そこに子どもの笑顔はあるでしょうか?
子どもが英語に興味がある、野球が好きだという場合はおおいに結構です。
しかし、無意識に親が果たせなかった夢を子どもに託していないでしょうか。
子どもが「嫌だ、辞めたい」と言った時、どうしますか?
私の場合、「塾が嫌だ」と言ったり、ストレスから鼻がものすごく詰まり、耳鼻科にかかりきりでした。
しかし、祖父は私の体調より学力の方ばかりを気にしていました。
「親の背中を見て育つ」とはよくいったもので、養育者が「健康<学力」であった場合、子どもも自然とそのような考えになります。
もちろん学力は大切ですが、健康が失われた場合、せっかくの学力も生きてきません。
肝心なことは優先順位であり、健康が最大の基礎ということです。
体や心の健康を身をもって学ぶのが幼児教育だと考えます。
良い子が引き起こす凶悪事件
新聞におどる「なぜあの子が~」という凶悪な事件。
不登校と暴走族の動機は同じです。
どちらも心のなかで「助けて、俺を見て!」といっています。
非社会的か反社会的の違いです。
親の職業や肩書に関係はありません。
子どもからのSOSのメッセージに気づかず、間違った対応をし続ければ、いずれメッセージを発しなくなります。
どうせ俺のことなんか、どうでもいいんだ。
メッセージは消えたのではなく、無意識に追いやられます。
追いやられたメッセージが増えれば増えるほど、不安が大きくなり、問題行動として現れてくるのです。
なぜうちの子が万引きなんてしたのだろう。
欲しかったのは、盗ったものではなく、親の関心だったのです。
まとめ
ずいぶん長くなりましたが、それだけ子どものSOSに気づけない親が多いということです。
私は無意識に追いやったものを吐き出せず、うつ病になりました。
もし違う形で出て、凶悪犯罪でも犯していたかもと想像すると、背筋が凍る思いがします。
少年の凶悪犯罪とまではいかなくても、不登校やいじめなどの問題行動は増えることはあっても減ることはありません。
日本は物質的には豊かになりましたが、精神的には未熟になったともいえます。
文科省はスクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーの設置など、児童生徒のメンタルケアにも注力し始めましたが、まだまだ浸透しきれていないのが現状です。
全児童生徒にタブレット端末を配布、ICT機器の活用による授業。
主体的・対話的で深い学びの実現。
いじめ防止対策推進法による、いじめに対する学校の対処方法の明確化。
学校から配布されるプリントには、理想が掲げられており、安心感を誘います。
ところが現実は、児童生徒の問題行動どころか教職員の不祥事が相次ぎ、安心して学校に任せることができないと思われることもあるでしょう。
Tadblogでは、中学生や保護者の方のさまざまな悩みを解決するブログを目指しています。
公立中学校で約9年間勤務し、リアルな公立中学校の実態の経験しました。
またいわゆる「毒親サバイバー」であり、うつ病を2度も経験者でもあります。
さらに小学生の子どもを持つ親として、現在の公教育をどのように捉えるかという視点を持って、お役に立てる情報を発信しています。
今後、実際に使用した定期テストや実力テストの格安での販売や、ココナラでのお悩み相談も予定しています。
最後までご覧いただき、本当にありがとうございました。
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